黒くろ猫―2―

猫は一瞬体を起こしてこちらをぎょっと見仰いだが、眠気に勝てずにまた体を横たえる。


上から見るとエジプトの壁画にある女性のような体制をしていて妙な神秘性を覚える。
猫の下のアスファルトに血で描かれた魔法陣がありその頂点に太い蝋燭が立てられ、土で象られた女性や子供の人形がアスファルトを埋め尽くしていて僕はその中に立っている。
と、いうより踏み潰している。僕が踏んだ子供の人形の腕は嫌な方向に曲がっていてそこからは白い液体が出てきている。
その液体が僕の靴をずるずると這いずる虫のように動き、触手がにゅっと飛び出て僕の目に飛び込んできた。



「猫に食べ物与えちゃだめよ」



虚を突かれ、はっとする。
猫から視線を逸らし、声がした方へ振り返ると中年女性が立っていた。黒い服、膝下まである黒いスカート、白いネックレス。



喪服だ。



「いや、そうじゃないです。やってないです」


急な展開にうまく対応できず、しどろもどろ、あたふた、きょろきょろ。挙動不審。

見るべき視線の先がわからず、焦点も合わない。頭をぶんぶんと横に振って視線を据える。目が合った。
その女性の視線はじとっとしていて気持ち悪い。そんな目で見るなよ。
「最近、ゴミ袋が荒らされてこの辺の人たちが困ってるのよ」



オーマイガッ。餌やってるって断定されちゃったのかしらん。きっとそうだろう。女性?はっ!前言撤回このクソババア!
まあ時に落ち着け。俺の社会的地位と名誉(?)とご近所の評判とモラルを守る為に説明せねばなるまいよ。これから話すべき内容を頭で五秒ほど反芻してから口を開こう。いち、にい、さん、しい、ご。


「僕は別に餌をやったわけ」






――そこまでは覚えてるんだが。